家庭料理は、簡単につくり、丁寧に食べる。【2026.07.09】

ぬん

こんにちは
ミニマリスト ぬん です

ミニマリストを目指す過程で学んだ
少ないモノで、心地よく暮らすヒントをお届けしています。

Profile

ぬん

Minimalist/Hygge/Blogger

  • 32歳 3人暮らし     (妻・息子)
  • ミニマリスト歴 6年
  • ブログ歴 2年

      

キッチンに立つ時間は、毎日の暮らしの中で、最も積み重なっていく時間かもしれない。

献立を考え、買い物に行き、調理をして、片づける。

 

これを一日三回、休むことなく続ける。

 

料理が好きな人でも、ときには疲れてしまうのは当然だと思う。

だからこそ私は、キッチンに「余白」を残したいと思うようになった。

 

余白とは、何もしない時間ではない。

食べることを楽しめるだけの、気力を残しておくこと。

 

そのために一番大切にしているのが、「簡単につくること」。

 

料理で力を使い切らなければ、食卓についたときも心に余裕がある。

温かい味噌汁をゆっくり味わい、ご飯を噛みしめる。

「おいしいね」と家族と笑い合う。

 

そんな時間こそ、食事の本当の豊かさなのだと思う。

 

この考え方を教えてくれたのが、一汁一菜でよいという提案だった。

 

料理は頑張らなくてもいい。

毎日続けられる形でいい。

そう考えられるようになってから、料理に対する肩の力がふっと抜けた。

 

料理は、どうしても「つくること」に意識が向きやすい。

手間をかけ、品数を増やし、複雑なレシピに挑戦する。

その頑張りは達成感につながるし、自分を少し誇らしくもしてくれる。

 

でも、その頑張りが大きすぎると、肝心の「食べる時間」が置き去りになることがある。

 

急いで口に運び、心が追いつかないまま皿だけが空いていく。

それは、少しもったいない。

 

だから私は、自分の気力を料理だけに使い切らないようにしている。

 

手を抜くことやラクをすることは、食を大切にしていないことではない。

むしろ、「食べる時間まで含めて食事」と考えるからこその選択。

 

具沢山の味噌汁がメイン料理になる。

野菜を切って漬けるだけ。

魚を焼くだけ。

肉と野菜を炒めるだけ。

 

飾り気はない。

でも、そのシンプルな支度の先には、心の余白が残る。

 

その考え方を取り入れてから、暮らしは少しずつ変わった。

 

魚を中心とした健康的な食生活が、無理なく続くようになった。

 

赤ちゃんがいる今でも、肩の力を抜いて自炊中心の生活を続けられている。

頑張っている感覚はないのに、気づけば暮らしが整っていく。

そんな好循環が生まれている。

 

料理にも、思考は必要だ。

だからこそ、余白が欠かせない。

 

毎日すべてを頑張るのではなく、力を抜くところを知っているからこそ、

本当に大切なことに心を向けられる。

 

たまの外食も、以前よりずっと楽しめるようになった。

 

家で簡素な食事を大切にしているからこそ、外で食べる一皿に感動できる。

 

そして何より、「今日もご飯が食べられる」という当たり前の日常に、自然と感謝できるようになった。

 

私にとって料理とは、豪華な料理をつくることではない。

暮らしを整え、心に余白を生み、大切な人と食卓を囲む時間を育てることだ。

 

料理は頑張るためにあるのではない。

暮らしを豊かにするためにある。

だから今日も、簡単につくる。

そして、丁寧に食べる。

 

その積み重ねが、きっと豊かな暮らしにつながっていく。

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少ないモノで心地よく暮らすミニマリズムの考え方を通じて、
日々の小さな幸せを見つける方法を伝えていきます。

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